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片頭痛と働き方改革④片頭痛からみた職場 Employee(片頭痛患者)とEmployer(環境マネジメント)の協働
片頭痛が働き盛りの女性に特に多いこと、労働生産性の観点から片頭痛による社会的な損失は大きいことを説明しました。
そして、働き方改革については、働き方改革の我が国における現状、女性の活躍が重点課題であること、男性がより多く家事負担を担う社会的重要性を前回までにお伝えしました。
~前回、前々回のブログリンクは上記画像クリックにてご覧ください~
それでは、片頭痛と働き方改革について具体的にお話させていただきます。
今回、お話は家庭と職場に移ります。
【片頭痛と家庭生活】
家庭生活は仕事や労働生産性に大きく影響します(work-family spillover effect)。
子育て世代の働き盛りの多くの女性は、男性よりも家庭生活と近い立ち位置におり、男性よりも家庭生活に対する責任感が強い傾向にあります。
それでは、片頭痛が家庭生活に及ぼす影響をみてみましょう。
図①に示すように片頭痛を持つ人がかかえる悩みとして、44%の人が家族との時間を犠牲にし、50%の人が人との関係を遠ざけ、55%の人が片頭痛発作が来る不安を抱いたまま生活をし、48%の人が周囲から片頭痛について理解を得られないと回答しています。
生活が大きく脅かされている事がわかります。
図① 片頭痛患者様は日常生活に様々な支障・悩みを抱えている
Martelletti P, et al. J Headache Pain 2018;19:115(対象・方法;1カ月あたりの片頭痛日数が4日以上あり予防治療薬が無効だった過去を有する片頭痛患者を含む11266例。88の質問項目の大規模横断オンライン定量調査(My Migraine Voice)
そして、片頭痛は患者様本人のみでなく、図②や図③に示すように家族・家庭生活にも常から様々な影響を及ぼしています。
片頭痛がある日は半数近くの人が家族との口論が増えてしまい、75%弱の人が家族とコミュニケーションがとれなくなります。
50%弱の人が片頭痛が無ければ良いパートナーとなれるのにと感じ、40%弱の人が良い親になれるのにと感じています。
家族関係に悩みを抱えやすいことが分かります。
図② 片頭痛は家庭にも様々な支障を及ぼしている
Lipton RB, et al. Cephalalgia 2003;23:429-440.(対象・方法;米国又は英国。家族と暮す片頭痛患者389例のうち電話調査で回答のあった245例が対象。頭痛発作のある日に感じていることを調査)
図③ パートナーや子供との関係/仕事のキャリアに片頭痛が及ぼす影響
Messound Ashina, et al. Lancet 2021;397:1485-1495.*1パートナーと同居している片頭痛患者。*2パートナーと同居し子供のいる片頭痛患者。*3 12項目の1つ以上で影響ありの割合(対象・方法;片頭痛患者13064例。WEB baseで質問表に回答を得て片頭痛についてはRMとCMにわけ男女別でも評価)
家庭生活のみでなく、片頭痛を持つ人からは以下のような「金銭に代えがたい損失」の経験も外来ではよく耳にしています。
- 片頭痛発作のある日は家族の団らんの機会がもてずに回避してしまう。
- 子供の部活や家族イベントで、炎天下での付き添いやスポーツ観戦で片頭痛が悪化するので困る。
- 旅行や行楽の時に限って片頭痛発作がでやすい。
- 大学生の子供や夫の帰りが遅く、それに付き合って食事の支度をするため夜遅くなり生活リズムが乱れ頭痛が悪化する。
- 中学生・高校生の子供のお弁当作りで朝がとても早く、睡眠不足で片頭痛が悪化しやすい。
- 学校行事などでママ友達とランチをした後に頭痛が起こる。
- 頭が痛いときに子供たちが楽しそうに騒いでいると怒ってしまい、自己嫌悪に陥る。
片頭痛は生命を脅かしませんが、生活を脅かしてしまうのです。
加えて、参考となりますが、片頭痛患者のパートナーにも健康問題が生じる傾向にあるというデータがあります。
パートナーに片頭痛がある155人(男性87%、女性13%、45.6+-10歳)においてWEBアンケートを行うと、環状面での関係、子供の世話、友人関係および仕事に影響を感じていると答えた結果に加え、パートナーの不安(緑)および抑うつ状態(赤)のスケールが高い結果でした(図④)。
一概には言えませんが、片頭痛ではそのパートナーにも情緒面に影響が顕れる可能性がありそうです。
図④ 片頭痛患者のパートナーの不安および抑うつ状態のリスク
E.Fernandez-Bermejo, et al. Neurologia 2023;1803:1-9
ここで、改めて片頭痛誘発因子の性差による違いも言及しておきます。
女性に多い片頭痛誘発因子 | 男性に多い片頭痛誘発因子 |
肩・頸の凝りや痛み 目の疲れ 睡眠不足・睡眠過多 アルコール 人ごみ 天候の変化 身体的・精神的ストレス ストレスからの解放 |
目の疲れ
アルコール |
片頭痛を誘発する因子は、女性の場合は自分自身のコントロール範囲外の要因が多いと分かります。
片頭痛患者様は家庭生活・人間関係でも日頃から悩みを抱えやすく、自身のコントロール範囲外の誘発因子と向き合っており、生活も仕事も脅かされ易いと言えるでしょう。
【片頭痛と職場】
企業における片頭痛教育と労働生産性についてのデータに言及します。
更には、ヘルスリテラシーが労働生産性に与える影響もお示しします。
働き方改革の動きと並行しながら、我が国も雇用形態がメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ変遷していく様子が多くの労働現場で窺い知れるようになってきたと感じております。
しかしながら、『企業には労働者の安全配慮義務があり労働者には自己保健義務ある』ことは変わりのない前提です。片頭痛を持つ労働者(employee)は自己の体調管理を日々行っている(自己保健義務)ことを前提とした上でお話を進めます。
企業側からみた女性特有の問題への健康経営について
まず企業側・管理側(employer)がどのように健康経営に取り組んでいるのでしょうか。
令和3年度の「健康経営度調査」における「従業員への教育」に関する項目で、「片頭痛・頭痛」が追加されたことは経営者の皆様にはきっと記憶に新しいことでしょう。
しかしながら、全ての企業が片頭痛を含む健康問題に万全の体制で取り組めてはおりません。
図⑤は健康経営への取り組み状況と健康経営に取り組む企業を企業規模で比較した結果です。
国内26991社のうち有効回答のあった57%は健康経営に取り組んでいると回答しており(図⑤左図)『従業員数が多い企業ほど健康経営に取り組んでいる割合が高い(図⑤右図)』と見て取れます。
健康経営を行うには従業員の急な体調不良・休暇にも対応できることが求められ、また、健康課題をサポート・管理する窓口を持つ余力がある点からも企業規模が大きいほど健康経営に取り組みやすい傾向となるのでしょう。
従業員の少ない企業は健康経営を目指す創意工夫が今後ますます求めらると思われます。
図⑤ 健康経営への取り組み状況と健康経営に取り組む企業の割合の経時的変化
図⑥は健康経営を目標とする企業の関心が高い項目をみた結果であり、「女性特有の健康問題対策」が最も高い関心項目でした。
反映するように、生理休暇を取りやすいように取り組みを進めている企業が増えました。
早期に取り組みを始めた事例として浅野製版所(東京都)、長岡塗装店(鳥取県)、桃谷順天館(大阪府)、ワコール(京都府)が記憶に新しいところです。そして、女性活躍推進に優れていると認められた上場企業は、「なでしこ銘柄」「Nextなでしこ共働き・共育て支援企業」として登録されています。上場企業のみでなく中小企業にも女性活躍推進をしている企業は存在しています。
それに対して厚生労働大臣が「えるぼし認定」「プラチナえるぼし認定」をしています。働き方改革には政府が本気で取り組んでおり、女性活躍社会の実現もかなり重視していることがわかります。
図⑥ 健康経営を目標とする企業の関心項目
次に女性従業員目線からみた健康経営について
図⑦が女性従業員からみた、健康経営と会社に求めるサポートです(経済産業省より)。
43%もの多くの女性が女性特有の健康課題を基に、職場であきらめなければならないことに直面しています。
女性特有の健康課題に直面したときに、女性従業員が職場にもとめているのが『業務分担や人員配置が適切で必要時に休めたりキャリア再開が可能な柔軟さ』であり『職場内でコミュニケーションを取りやすいこと』だと分かります。
業務をシステム化・ルール化し、同時に、業務が属人的とならない組織作りが大切であることいえそうです。
図⑦ 女性従業員が会社に求めるサポート
(健康経営における女性の健康の取り組みについて H31.03 経済産業省ヘルスケア産業課)
女性従業員のヘルスリテラシーの違いによる労働生産性が、図⑧です。
ヘルスリテラシーの高い女性の方が仕事のパフォーマンスが高いことが容易に見て取れます。
図⑧ ヘルスリテラシーの高い女性の方が仕事のパフォーマンスが高い
働く女性の健康増進調査2018年 日本医療政策機構
政府の推進もあり企業は働き方改革を推進しており、女性の健康経営に工夫をもって取り組む事が企業側に求められている事が伝わったかと思います。
健康への関心度が高い女性は労働生産性も高いというデータがある中で、片頭痛は働き盛りの年代の女性に特に多いということも伝わったことと思います。
それでは、企業・管理側は片頭痛を持つ女性のための健康経営をどのように行い、そのメリットはどの程度なのでしょうか。
片頭痛が職場に与える影響
働き盛りの女性に多い片頭痛。頭痛が職場に及ぼす経済損失(表)と、職場や仕事に及ぼす影響(図)について報告があります。
頭痛による経済的損失は欠勤日数でみると年間平均615米ドル(91020円*)であり、労働生産性でみると年間平均4888米ドル(723424円*)という結果です。
頭痛の中でも片頭痛が特に影響が大きい結果です。従業員1人当たり年間72万円の損失と考えると、従業員(employee)にとっても企業・管理側(employer)にとっても頭痛対策の健康経営は看過できない項目ですね。
*換算・為替は148円@2024.01で計算
表① 頭痛による1人当たりの年間の経済損失額
頭痛により仕事の生産性が減少した日数から計算 (MIDAS) |
頭痛により仕事の生産性が低下したインパクトから計算 (WPAI) |
|
片頭痛 | 375(104)** | 2217(4497)** |
緊張型頭痛 | 71(52) | 562(266) |
片頭痛/緊張型頭痛 | 324(878)* | 2621(6077)** |
その他の頭痛 | 191(967)* | 1267(4356)* |
米ドル平均(SD)、*P<0.05 vs 緊張型頭痛、**p<0.05 緊張型頭痛およびその他の頭痛
Simizu T, et al. J Headache and Pain 2021;22:29.
図⑨ 頭痛の職場や仕事におよぼす影響 (M;片頭痛、TTH;緊張型頭痛、M&TTH;片頭痛と緊張型頭痛、Others;その他の頭痛)Simizu T, et al. J Headache and Pain 2021;22:29.
対策について
海外(北欧中心)の研究結果からお話します。
図⑩は社員に対する片頭痛啓発の教育プログラムの概要です。この教育プログラム(migraine care program)は、社員全体に対して行う片頭痛についての教育であり片頭痛と片頭痛を持つ人の悩みを理解するようキャンペーン形式で促します。
6か月間、片頭痛を持つ社員には治療薬の適切な使用や生活習慣の改善などを指導します。
そして9か月間(教育指導中6か月間+指導後3か月間)の片頭痛の重症度や性状の変化および欠勤日数や出勤中の体調不良も評価しています。
図⑩ 社内における片頭痛啓発キャンペーン
Headache 2020;60:1947-1960
この教育キャンペーン(migraine care program)を経て、片頭痛をもつ社員のアブセンティーイズムおよびプレゼンティーイズムが観察期間中に経時的に解消されていき片頭痛重症度も改善(MIDAS score 15.8→5.6)しました(図⑪)。
生活への障害程度(Little or No – Mild – Moderate – Severe disability)で分類したものが図⑫です。
生活支障度がない/殆どない片頭痛従業者の割合が23%→59%と倍以上に増え過半数を超えている。片頭痛をもつ勤労者(employee)への企業側(employer)の健康介入が大変有効だったという結果です。
*アブセンティーイズム;心身の不調により遅刻や早退、就労が困難な欠勤や休職など、業務自体が行えない状態
*プレゼンティーイズム;出社しているものの何らかの健康問題によって業務効率が落ちている状態
*MIDASは0~5;日常生活に支障なし、6~10;軽度支障あり、11~20;中等度支障あり、21~;重度支障あり
図⑪ 片頭痛を持つ社員への片頭痛教育プログラムは欠勤を減らし業務効率を改善する
Headache 2020;60:1947-1960
図⑫ 片頭痛教育プログラムは片頭痛の重症度が改善される。
Headache 2020;60:1947-1960
片頭痛のない人の『片頭痛を持つ人に対する印象』について看過し難いデータもあります(Headache 2019;59 supple1:14-6)。
片頭痛のない人は、片頭痛を持つ人は片頭痛を以下の様に捉えている傾向があることが示されてています。これらの誤解を持つ人の割合とともに記載します。
- 31% 「仕事・学校行事・家族サービスをさぼる口実にしている」
- 27% 「注目されるための口実にしている」
- 29% 「本当は必要ない痛み止めをもらう口実にしている」
- 36% 「自身の不摂生の結果である」
- 45% 「簡単に治すことができる」
- 32% 「片頭痛の症状を強調しすぎている」
- 30% 「片頭痛による負担を強調しすぎている」
もちろん間違った考えです。
片頭痛を持つ人に対する偏見(患者本人にとってはstigma)とも言われかねない内容です。
片頭痛をもたない人に対しても、片頭痛についての教育研修は健康経営には大切だと推測されます。
男性(日本では管理職にある割合いが大きい)は片頭痛を持たない事が多く、片頭痛を持つ女性(働き盛りの女性に片ずつはとても多い)への理解を促す教育研修は欠かせない項目と言えそうです。
事実、令和3年度の「健康経営度調査」における「従業員への教育」に関する項目で、「片頭痛・頭痛」が追加されたことは経営者の皆様はご存じでしょう。
片頭痛を持たない人への大企業で行われた片頭痛教育の成果についてもデータを示します。
従業員約7万人へのe-Learningを実施する手法(図⑬)と片頭痛に対する考え方の変化(図⑭)は下記です。片頭痛は生活を脅かす疾患だという認識される割合が47%→71%と増えたと分かります。
図⑬ e-Lerningによる片頭痛についてのマインドチェックと介入
図⑭ 片頭痛に対するマインドの変化
頭痛に対する貴方の考え方・印象に最も近いものを選んで下さい。頭痛のある同僚への接し方が変わりそう。
Sakai F, et al. Cephalalgia 2023;43:1-14
片頭痛でない従業員も含めた片頭痛教育について、経済的な観点からは下記の結果でした(表②)。
政府が本気で取り組んでいる働き方改革では、片頭痛教育研修は従業員(employee)と企業(employer)の協業にとって大切な項目だと言えそうです。
生活を脅かす片頭痛への企業取り組みは『経営の観点からは働く女性を包括した健康経営の実施で経済的損失を軽減しうるものであり、社会生活の観点からは子育てや介護を包括した社会的損失を軽減しうるものであり、働き方改革に欠かせない』と思われます。
表② 希望者への専門医によるオンライン診療の影響
6か月の経過観察を終了した社員244人
・Absenteeismの日数が1人あたり1.1日/年の改善 ・Presenteeismの日数が1人あたり14日/年の改善 ・年間1人当たり47万円の経済損失の改善 |
Sakai F, et al. Cephalalgia 2023;43:1-14
【今回の記事のまとめ】
- 片頭痛は家事や子育て、パートナーとの関係などにも影響し患者のセルフスティグマとなっている可能性がある。
*セルフスティグマ;疾患を持つ人が疾患に対して持つ偏見や自分が偏見を受ける存在であるという意識 - 片頭痛は働く世代の患者において労働生産性を低下させる疾患の代表である。
- 社会においては働く女性が抱える問題はまだまだ多く、女性の健康問題への対応は健康経営における大きな課題の一つである。
- 女性も含む職員全体のヘルスリテラシーを高め健康課題に向き合う環境の整備が各企業では必要とされている。
- 片頭痛ではアブセンティーイズムだけでなくプレゼンティーイズムも経済的損失に重大な影響を及ぼしている。
*アブセンティーイズム;心身の不調により遅刻や早退、就労が困難な欠勤や休職など、業務自体が行えない状態
*プレゼンティーイズム;出社しているものの何らかの健康問題によって業務効率が落ちている状態 - 片頭痛患者のセルフスティグマを改善するためには、片頭痛を有しない人も片頭痛を理解する必要がある。
- 健康経営を意識した社員への片頭痛教育は、職場の生産性向上と片頭痛をもつ職員の症状改善にも有用と考えられる。
- 医療機関の受診による頭痛改善に加え、良い生活習慣をサポートする産業保険と、良い職場環境を整備する雇用側の取り組みにより片頭痛(および慢性頭痛)による社会的損失の回避も経済的損失の回避も可能と考えられる。